ミュージカルファンタジーと私
昭和47年卒 水野和則

6月末日に、昭和34年卒の山口寛さんより「KMCマガジンにミュージカルファンタジーについての投稿を」とのメールを頂き、ホームページ担当の昭和44年卒岡本明さんをご紹介頂きました。伝統あるKMCのHPに投稿するなど考えてもいなかった私にとっては突然のお話でしたので、大変迷いました。在学中に3つのミュージカルファンタジーを体験した私は、「服部先生のミュージカルファンタジーの譜面を整理して残したい」との思いで、マンドリン活動を続けて来ました。そして一昨年に私が指揮をする秦野マンドリンクラブで、全6曲の上演を完了しました。今回私の投稿によりミュージカルファンタジーに関心を寄せて頂ける方が増え、これらの曲が多くの団体で演奏できるようになれば素晴らしいことだと考え、拙い筆をとる決意をしました。ご一読頂ければ幸いです。

ミュージカルファンタジーは、歌とマンドリン音楽が一体となった新しいジャンルの曲です。今でもこれほど本格的な歌を使いながら、誰もが気楽に楽しめるマンドリン曲は無いのでは、と思います。服部先生のミュージカルファンタジーは全部で6曲あります。それらの曲と初演は、次の通りです。

タイトル初演
人魚のお姫さま<以下「人魚姫」> KMC 75回(昭和30年)
シンデレラ KMC 77回(昭和31年)
かぐや姫 KMC 79回(昭和32年)
白雪姫 KMC 82回(昭和34年)
ナイチンゲール KMC106回(昭和47年)
手古奈 KMC107回(昭和47年)

服部先生直筆の
「シンデレラ」譜面の写真

最初の4曲は姫ものシリーズとして何度となく上演されています。このうち、「白雪姫」は、KMC110回(昭和48年)で大改定されており、かなり充実した内容になりました。現在、改訂版の「白雪姫」と「ナイチンゲール」、「手古奈」の3曲は、譜面が整備されていないために上演できない状態になっています。

6曲のミュージカルファンタジーの構成と、私が地元のマンドリンクラブで上演して感じた演奏上のポイントを簡単にご紹介します。((1)歌の編成、(2)ミュージカルファンタジーの主たる構成、(3)解説およびポイント)

「人魚姫」
(1) ソプラノ(姫)、テナー(王子)、混声合唱
(2) 人魚たちの歌/魔法使いと姫/王子との再会/結婚式/姫の入水
(3) 魔法使いと姫の絶妙なかけ引きや、王子と姫のデュエットは聴きどころです。
「シンデレラ」
(1) ソプラノ(姫)、テナー(王子)、女声合唱
(2) シンデレラと姉たち/魔法使いと姫/宮殿の舞踏会/姫さがし/王子と姫
(3) 王子と姫のデュエットは、とても華やかなワルツです。
「かぐや姫」
(1) ソプラノ(姫)、男声四部(男達)、混声合唱
(2) かぐや姫誕生/男達の求婚/宝探しと姫への提案/月を想う姫/月よりの迎え
(3) この曲の男声四部はダークダックスでしたので、演技のできる男声四部を編成できることがポイントです。また三国一朗氏に合わせて作られたナレーションも重要です。月を想う姫の歌は、哀愁を帯びたソプラノで非常に良い曲です。
「白雪姫」
(1) ソプラノ(姫)、テナー(狩人/王子)、混声合唱
(2) 魔法の鏡/狩人と姫/森の小人との出会い/お妃の毒リンゴ/姫の葬送曲/王子との出会い・デュエット
(3) 姫と小人たちとの出会いのシーンは、仕事を終えて戻ってくる小人たちのコーラスから始まり姫を見つけて大騒ぎする様子が活き活きと表現され、私の一番好きな部分です。私達が上演した時には、男声合唱団に小人たちを可愛く演じてもらうのに非常に苦労した曲でもあります。
「ナイチンゲール」
(1) ソプラノ(ナイチンゲール)、テナー(宮内卿)、バリトン(皇帝)、混声合唱
(2) ナイチンゲール探し/ナイチンゲール登場/宮内卿とナイチンゲール/宮殿のナイチンゲール/機械仕掛けのナイチンゲール/病の皇帝/ナイチンゲールの歌
(3) ナイチンゲールという鳥が、病になった皇帝をその歌声で生き返らせるという中国の古い時代のお話です。初演は島田裕子さんでしたので、島田さんのコロラトゥーラをイメージして作られています。ナイチンゲールがステージの袖の裏側でひとしきりさえずりを歌った後に歌いながら登場というシーンは、非常に劇的で印象に残ります。
「手古奈」
(1) ソプラノ(手古奈)、テナー(あぜ彦)、バリトン(行麿)、混声合唱
(2) 手古奈と仲間達/行麿と手古奈/あぜ彦と手古奈/手古奈の悩みと入水/行麿
(3) 美しいと評判の手古奈は真間の入り江(現在の市川市)で楽しく暮らしていた。ある時都から来た行麿という官吏に言い寄られ、秘かに思いを寄せるあぜ彦に話すが互いにうちあけられず、あぜ彦は国へ帰り、失意の手古奈は真間の入り江に身を投げる。昭和30,40年代に流行った服部先生のオペラをミュージカルファンタジーに作り直したもの。バリトンは登場時間も長く重要な配役なので、しっかり歌える人を起用したい。

以下は、私のマンドリン歴とミュージカルファンタジー全6曲を演奏することになった経緯です。

昭和47年KMC卒業後、私は縁あってふるさと銚子市の県立銚子高校マンドリンクラブの指導をすることになり、会社生活をしながらこの高校生たちの指導に通っていました。昭和55年に当時の三年生20名を引き連れて、服部先生のお宅を訪問したことがあります。ひたすら技術練習に没頭する部員たちにもっと音楽の楽しさを教えたいとの思いから、服部先生にお願いして実現したものです。セーラー服を着た20人の集団が原宿のみゆき通りを歩いた姿は、いま思い出しても赤面する思いですが、先生宅に着いていつもの笑顔でお迎え頂いたときは、ほっとしたものです。先生のお宅の居間はそれほど広くないので、学生たちが座ると居間を埋め尽くすようになりました。まずはカセットテープに録音した演奏を聴いて頂いたあと感想を頂き、譜面の間違いのご指摘があり、その後3時間にわたり音楽談義を聞かせて頂きました。KMCの昭和30年代の演奏会はデートコースだったこと、そんな人たちに楽しめる音楽を提供したくてミュージカルファンタジーを書いたこと、かぐや姫では当時慶応の学生だったダークダックスを起用し、面白い音楽に仕上がったこと、などなど時間の経つのも忘れてお話をして下さいました。服部先生も女子学生たちに囲まれてご機嫌だったのかもしれません。余談ですが、このクラブの卒業生が集まって今でも銚子アンサンブルマンドリーノとして活動をしています。それなりの年齢?になっているにもかかわらず、可愛いホームページを作っていますので、お時間がありましたら覗いて見てください。

その後神奈川県の大井町に住まいを移した私は、この地の第一生命マンドリンクラブを母体として、大井マンドリンアンサンブルを結成しました。ここで昭和51年卒の安田頼明氏と知り合い、彼が「シンデレラ」を演奏した経験があることから、昭和63年に彼の指揮で「シンデレラ」の上演をすることができました。地元のママさんコーラスの協力と、各地から奏者を集めての開催でしたが、演奏者も聴衆も一体となったミュージカルファンタジーは大変好評で、大いに自己満足した演奏となりました。その後、もう1曲なんとか演奏したいとの思いから、「人魚姫」の譜面を頂きに一部の部員とともに再び先生宅を訪ねたのは、確か平成元年のことでした。先生から譜面を提供していただく手順はおおよそ次のようになります。

服部先生の譜面

こうして手に入れた譜面で2曲目のミュージカルファンタジーを演奏できたのは、2年後のH3年のことでした。「シンデレラ」も「人魚姫」も譜面がしっかりしていますので、パート譜を作成し、歌のスタッフを揃えれば演奏できるのですが、KMCの皆様はご存知の通り、服部先生の譜面は五線の上下の線をはるかにはみ出して書かれている音符が並んでおり、一見してどの音なのか判別し難いのです。パート譜作成にあたり、音を解読しつつ書いてゆく作業は、慣れないうちはかなりの苦痛でしたが、曲の流れを追って順に音を拾ってゆくという地道な作業をしてゆくと段々と音を判別しやすくなり、そのうち譜面から音が聞こえてくるような錯覚さえ覚えるようになるのです。なんとも不思議な譜面です。

その後大井マンドリンアンサンブルは第一生命のメンバーの転勤で活動休止に追い込まれ、私は隣町の秦野市に結成されたばかりの秦野マンドリンクラブに参加し、指揮を担当するようになりました。この団体で指揮をして3年目の平成4年に再び「人魚姫」の演奏を行い、拙い演奏にもかかわらず秦野市でも大変好評に受け止めて頂きました。この時のソプラノには、国立音大声楽科に在学中の佐藤容子さんに参加していただき、その後現在まで秦野マンドリンクラブの演奏会に参加してもらっています。こうして、初めて自分が思い描いてきた「ミュージカルファンタジー全曲の演奏」という「夢」が実現できそうに思えてきました。そして秦野マンドリンクラブの部員2名と先生宅に再度訪問し「かぐや姫」の譜面を頂き、譜面整備の末、平成9年の第8回演奏会で上演にこぎつけました。この曲は男声四部の演技がポイントですので、劇団にも所属しているコーラス部員に参加してもらい、比較的ノリの良い演奏ができたと思います。翌平成10年には「人魚姫」、平成11年に「シンデレラ」の上演を行いました。しかし3年間連続のミュージカルファンタジーの上演は、運営面、練習面などでかなりの負荷でしたので、以後は、少し間をあけて開催しようということになりました。この頃には、秦野MCのメンバーの中にも、ミュージカルファンタジー全曲の演奏という私の「夢」を共有してくれる部員が増えてきました。これ以降、残りの3曲、「白雪姫」、「ナイチンゲール」、「手古奈」の演奏に向けて譜面調査を開始しました。

残り3曲はイケガクの譜面リストに掲載されていることが分かり、購入しましたが、いずれも譜面としては不十分で、このままでは上演できないことが分かりました。もちろん服部先生のご自宅にも無いようなのです。

「ナイチンゲール」の写真:
秦野マンドリンクラブ第12回演奏会

なんとか平成12年には「ナイチンゲール」の譜面を手に入れましたが、随所に欠けている部分がありました。同期のメンバーにも連絡を取りましたが、スコアは先生にお返ししているとのことでした。結局、この譜面の修復を、手持ちの録音から譜面作成をする決意をし、何度も聞き返しながら、昔を思い出して作り上げました。そして、平成13年の第12回演奏会では、ナイチンゲールを上演しました。初演は、島田裕子さんでしたので、島田さんの声に合わせたナイチンゲールの登場シーンがあります。ステージの袖でコロラトゥーラソプラノの独特の節回しで歌いながら登場という大変華やかなシーンになっています。この時の演奏が実に29年ぶりの復活となりました。

「白雪姫」の写真:
秦野マンドリンクラブ第14回演奏会

「白雪姫」は、昭和48年卒の武山洋二郎さんを通じて、山口寛さんがKMC110回の録音を入手してくれました。この時に、山口さんがミュージカルファンタジーの譜面を探していらっしゃること、そして、指揮をされているアンサンブルプレットロでも人魚姫を演奏されていることが分かり、強く励まされたものでした。平成15年の第14回演奏会で、「白雪姫」の演奏を行いました。この譜面は改定前の譜面で、ナレーションも無く、半分近くが欠けている状態でした。しかし、録音を聞くと白雪姫のそれぞれのシーンが生き生きと表現されている構成は大変すばらしく、特に小人たちの登場シーンは音楽を聴いているだけで目の前に7人の小人が歩いて登場するように思えました。いろいろ悩んだ末に、録音から譜面を再生するという無謀なことをはじめ、ほぼ1年かけて再生し、ようやく上演にこぎつけたのでした。混声合唱団のおじさん方の三角帽子をかぶっての熱演もひかりました。

「手古奈」の写真:
秦野マンドリンクラブ第16回演奏会

残り1曲となった「手古奈」の上演は、平成17年第16回演奏会でした。「手古奈」の譜面は二分冊となっており、何とか手に入ったのは前半部分だけでした。手がかりとなる譜面を探していたら、部員の友人で、昭和30年代に発行された「手古奈」の合唱用の譜面を大事に保存している方が居り、借用した譜面を見ながら、KMCの演奏録音を頼りにマンドリンオーケストラ用に編成しなおして復活させました。「手古奈」は、青少年育成の為に文部省が服部先生に依頼して作曲されたオペラで、当時随分と流行ったようです。秦野のコーラス団体でも昔歌って懐かしいという方々が大勢いました。ステージでは、バックスクリ-ンに舞台となった真間の入り江の雰囲気をイメージしたオリジナルの絵を、市内の絵の先生に書いて頂き映し出しました。ソプラノ佐藤さんの熱演、高校生のバリトンの熱演と、多くの拍手を頂き、まさにミュージカルファンタジー全6曲の最後にふさわしい演奏となりました。(削除)

こうして全曲の演奏を終了し、長年の夢が実現しましたが、最後の3曲については、譜面の精査が必要な状況での演奏になり、とても終わったとはいえない状況にあります。これらの譜面をなんとか修正し、正しい形で残しておきたいということが今の私の思いです。このことを、山口さんとご相談しましたら、譜面のチェックをやって下さるとのお返事を頂き、いま音楽ソフトFinaleを使い、全曲の整理を行っているところです。
先生のミュージカルファンタジーは、マンドリン界の財産です。この譜面を上演できる形で残し、かつKMC以外の団体でも使えるようにすることが、本当の意味の復活であると私は思います。その為には、提供方法、先生への還元方法、音源の提供などなど多くの課題があります。どれも難しい課題かと思いますが、私のできることはやっていきたいと思います。2010年にはKMC100周年を迎え、いろいろな活動が計画されていると聞きます。その活動の一端に、「ミュージカルファンタジーの復活」をご検討頂きたく提案させていただきます。

最後までお読み頂きありがとうございました。小生、神奈川の西湘の地、秦野市にて秦野マンドリンクラブと共に本当の意味でのミュージカルファンタジー復活まで頑張る覚悟です。KMCの諸兄姉も、秦野マンドリンクラブにご関心を頂けましたら幸いです。ホームページは、「秦野マンドリンクラブ」で検索できます。 KMCの更なる発展を願い、本稿を終了したいと思います。

ゆめおおい未来の里(大井町)より 水野和則

なおミュージカルファンタジーに関する情報がありましたら、私のメルアド kazuno_mik@1972.jukuin.keio.ac.jp までご提供頂けましたら有難いです。

KMCマガジン編集委員会より
今回、昭和34年卒の山口寛さんにミュージカルファンタジーについての原稿をお願いしていたところ、昭和55年卒の小穴雄一さんから水野さんの活動の話を聞いたため、山口さんとも相談して、水野さんに原稿をお願いすることになりました。できあがった原稿を読ませていただき、水野さんの、ミュージカルファンタジーへの“思いの強さ”に感動しました。ミュージカルファンタジーは、服部正先生とKMCが、音楽史上に残した立派な足跡であると思います。今後もいろいろな角度から取り上げて行きたいと思います。この記事に対するご意見やコメントがありましたら、keio.mandolin@gmail.comまでお寄せ下さい。
また、2007年10月14日(日)に、杉並公会堂で山口寛さんが率いるオルケストラ"プレットロ"の第4回定期演奏会があります。昨年「人魚姫」を上演したのに続き、今回は「シンデレラ」を上演する予定ですので、ミュージカルファンタジーを生でお聞きになりたい方は足を運んでみてはいかがでしょうか?