10月14日(日)14:00開演、杉並公会堂で私の主宰するオルケストラ“プレットロ”(OP)が第四回の演奏会を開く。 OPはその昔私が卒業して間なしの頃設立したアンサンブル・プレットロ(EP)の生き残りが中心になって作られたオーケストラである。EPは30~40人のメンバーで構成されていたが、全員の合奏は行うけれど、独奏から五重奏くらいまでの小編成の演奏を主たる目的とした合奏団で、現在も5~6重奏を演奏するアンサンブルとして尚、活動を続けている。OPは2003年に「温故知新=旧きを尋ね新しきを知る」をコンセプトとして結成され、既に第1、3回演奏会で服部先生のミュージカル・ファンタジー「かぐや姫」「人魚姫」を演奏してきた。「人魚姫」の録音は自分達で制作したお粗末なものだったが、病床の先生にもお聴き戴いた。そして、今回は、第二作で昭和31年11月(1956年)に作曲され、KMC第77回定期演奏会で初演された「シンデレラ」を上演する事になった。
シンデレラ物語はヨーロッパには500以上も存在すると言うし、有名なグリムの作品はもとより、ロッシーニの歌劇「チェネレントラ」(シンデレラのイタリア語)、そして恐らくは一番ポピュラーであろうディズニーの「シンデレラ:」の筋立ても色々な脚色がなされ、内容は大きく異なったものになっている。 その中で服部先生の作曲された「シンデレラ」はフランスの詩人シャルル・ペローの原作に基き、伊藤海彦氏が作詞・構成されたものである。
ともあれ、演奏の準備に掛ったのだが、色々と解せない事が沢山出て来た。先ずは題名。 「シンデレラ」なのか「シンデレラ姫」なのか。服部先生の自筆スコアには、「Cinderella」と横文字でしか題名は書かれていない。ピアノ・スコア、コーラス・スコアには「シンデレラ」と片仮名で書かれて居る。世上この物語は「シンデレラ姫」と呼ばれているので、最初は我々も何気なく「シンデレラ姫」と宣伝用のチラシにも印刷してしまった。然し、筋立てをじっくり見ると、シンデレラは王子様に見出されて「Cinderella=灰かぶり」からいきなり、王妃様になってしまう。「お姫様の時代」はないのである。おかしい!そこでメンバーにも声を掛けて、色々調べて見た。百科事典を含む殆どの資料には「姫付」で書かれていた。 更に内容(歌詞・台詞)に就いても、どうもしっくり来ない所が出て来た。「魔女」と言う存在、「歳はとっても名付け親」と言う唐突に聞こえる魔女の台詞、何故、魔女が「名付け親」なんだ?歌詞の内容にも色々判らない所が出て来た。そこで、第77回のプログラムがあるじゃないか!と言う事になり、KMC七十年史編纂の中心人物で、資料類の保管を引き受けてくれている窪田君にプログラムの提供をお願いした。
そして判った事...
プログラム記載の曲名や服部先生の書かれた本曲作曲の経緯の「見出し」には「シンデレラ姫」と書かれているが、先生の解説の中身は「シンデレラ」とだけ書かれていた!
ナレーションの中身は、「魔女」の台詞を含めて、このプログラムには全く印刷されていなかった。
歌詞について言えば、恐らくは最終の作曲と歌詞の摺り合せが終る前に、プログラムの印刷を行わねばならなかったのだろう、一部が字余りの歌詞が印刷されていた。しかしながら、先生のスコアにも全ての歌詞が記入されて居る訳ではないし、入手し得る限りの録音を聴いて却って、迷うばかりだったのだが、プログラムの記載によって全てが判明した。
この間、やはりペローの原作をチェックしたいと思い、フランス語の読めない私は英訳の子供向けの絵本を探し回った。そして、美しい挿絵の入った絵本にめぐり逢え、全てが理解出来たのだ。
先ず、ペローの筋立てでは、「シンデレラ=灰かぶり」はお姫様ではない。「灰かぶり」が王子様の目にとまり、いきなり王妃様になってしまうのだ。我々はプログラムの表記を、姫をはずし「シンデレラ」とする事にした。 又、シンデレラを助けに登場するのは魔女(witch)ではなく、妖精(fairy)だった。童話の事をFairy Talesと言う位にこう言う童話の類に出てくる事が多いのは妖精なのだ。日本には本来「魔女」とか「妖精」と言う概念はないから、恐らく、この二つの言葉はごちゃ混ぜにして使って来られたのだろう。それなのに、「魔女」と言うと何かおどろおどろしたものを感じる為、メロディーも台詞も恐ろしげなものになってしまう。
「歳はとっても名付け親」と言う台詞も唐突に感じたのだが、何と「fairy godmother」と言う熟語が普通の英和辞典にも出ている位、「妖精の名付け親」と言う概念がある事も判った。この時点で、我々は魔女を妖精に置き換えるべきだと考え、ナレーションも「人魚姫」の魔女の様に恐ろしげなものではなく、光ファイバーの様な、先端にお星様がついている細い杖を振り回して飛んでいる、ころころと太った、可愛いおばあちゃん妖精をイメージして演じて戴く事にした。「人魚姫」に登場する「魔女」を含め「魔女」と言えば、皆さんは黒いだぶだぶの衣に身を包み、長い鼻の先端が折れ曲がって、目は洞窟のように落ち窪んだ恐ろしいおばあさんを想像されるだろうし、これまでの「人魚姫」「シンデレラ」の魔女はそう言うイメージで演じられて来た。然し、絵本に書かれている「妖精」はほっそりして、美しくて上品なおばあさんであり、私たちはそれを更にコミカルに可愛らしくしたおばあちゃん妖精に置き換えて演じて貰う事にしたのである。 恐らく、以前に「シンデレラ」を聴かれた事のある方は、この場面では違和感を感じられる筈であるが、お許し戴きたい。
尚初演時の王子様はバリトンの栗林義信氏が演じて下さったが、今回は、服部先生のスコアでの本来のご指定であるテノールの伊波惟行氏に演じて戴く。 プログラムには上記の調査・検討の結果を盛り込んで、サブ・テーマ、歌詞、ナレーション全てを記載することにした。 新しい解釈の今回のバージョンを、それなりに楽しんで戴ける事を期待したい。